観光名所一覧
世界遺産・吉野熊野国立公園
鬼ケ城
●熊野市駅から車で約5分
世界遺産、吉野熊野国立公園、そして国の天然記念物及び名勝「鬼ヶ城」は、数度にわたる急激な地盤の隆起と風・海蝕によって造り出された他に類を見ない奇岩地帯です。1.2kmにわたり大小無数の洞窟があり、千変万化の趣があります。「日本百景」や「新日本旅行地百選」に選定されています。
平安時代初期には征夷大将軍・坂上田村麻呂が鬼ヶ城を根城にして鬼と恐れられた海賊「多娥丸(たがまる)」を征討したという鬼ヶ城伝説が残っています。
もともとは「鬼の岩屋」と呼ばれていましたが、室町時代に有馬忠親が山頂に隠居城として山城を築いて「鬼ヶ城」と称してから、現在もその名称で親しまれてます。
駐車場から城跡へ続く山肌には、2000本の桜が植えられており当地域でも指折りの桜の名所となっています。「桜の道」と呼ばれる遊歩道も整備されており、お花見を満喫することができます。
■駐車場
第1駐車場(鬼ヶ城センター正面) :普通車70台、おもいやり駐車場2台、大型バス10台
第2駐車場(ホテルなみ前) :大型バス18台(第1駐車場が満車の場合)
■お手洗い : 有 【身体障害者用トイレ有】
世界遺産 獅子巖
●熊野市駅から車で約5分
世界遺産、そして国の天然記念物及び名勝「獅子巖」は、地盤の隆起と海蝕現象によってうまれた高さ約25m、周囲約210mの奇岩です。吉野熊野国立公園内に位置しています。昔から南側に位置する神仙洞(しんせんどう)の吽(うん)の岩(雌岩)に対して阿(あ)の岩(雄岩)と呼ばれ、井戸川上流に位置する大馬神社の狛犬として敬愛されていました。このため、大馬神社では今も狛犬が設置されていません。
毎年、5月中旬~約1ヶ月の早朝には朝日を咥え、11月、12月の夕刻には満月を咥える姿が見られます。
毎年8月17日に開催される「熊野大花火大会」では、多くのカメラマンが集まる絶好の撮影スポットとなります。
<まめ知識>
1935年(昭和10年)に「鬼ヶ城」が国の天然記念物に指定された後、1958年(昭和33年)に獅子巖が追加指定され、名勝および天然記念物「熊野の鬼ヶ城 附 獅子巖」となりました。
世界遺産 花の窟(はなのいわや)
熊野市駅から車で約5分
駐車可能台数:16~20 台
お手洗い:あり
世界遺産、花の窟は720年(奈良時代)に記された日本最初の歴史書である『日本書紀』の神代第一で「国産みの舞台」として登場する日本最古の神社です。祭神は、「イザナミノミコト」「カグツチノミコト」です。
社殿はなく、高さ45mの窟をそのまま御神体としており、熊野三山や伊勢神宮成立前の太古の自然崇拝の遺風を漂わせています。
花の窟の名は、季節の花々で神をお祀りしたことに由来すると言われており、古くから花祭りという珍しい祭礼を行っていたことがうかがえます。日本書紀に記されている事柄そのままに、今も毎年2月2日と10月2日には、例大祭が行われ、多くの方が参拝に訪れます。
江戸時代後期の郷土誌「紀伊続風土記」には、かつて、毎年花の窟の祭りの日に、朝廷から「錦の幡」が献上されており、ある年、熊野川の洪水によって流されて以来途絶えてしまった。土地の人がその代わりに縄で編んだ「三流(みながれ)の幡」を飾るようになったと記されています。
産田神社(うぶたじんじゃ)
熊野市駅から車で約10分
駐車可能台数:10 台
お手洗い:あり
『花の窟』が伊弉冉尊(イザナミノミコト)の御陵であるのに対して、産田神社は火神を産んだがために神去った場所として一対的な意味合いがあり、神々が生活した故郷とも言える場所です。
伊弉冉尊(イザナミノミコト)が神々の母であることから、古くから安産守護や子を授かる神社として尊崇されてきました。弥生時代からの古い神社で、日本に稲作が伝えられた頃から存在していたと考えており、弥生式土器の出土もあります。
神籬(ひもろぎ)
神社に建物がなかった古代においては、『ひもろぎ』と呼ばれる石で囲んだ祀り場(祭祀台)へしめ縄を張り神様を招いたとされていますが、この神社の左右にある石の台はそれにもろぎでありであり、日本で二箇所しか残っておらず大変古くて珍しいものです。
さんま寿司発祥の地
鳥居の前には「さんま寿司発祥の地」と書かれた柱があります。直会と呼ばれる、神事の最後に参加者で神酒を戴き神饌を食する行事の中で、「ホウハン」の献立にさんま寿司の原形のようなものがあったことから、ここを「さんま寿司発祥の地」と称することにしたそうです。
世界遺産・吉野熊野国立公園
七里御浜(しちりみはま)
熊野市から紀宝町に22km続く日本で一番長い砂礫海岸「七里御浜」は、「世界遺産(浜街道)」「吉野熊野国立公園」「日本の渚百選」「21世紀に残したい日本の自然百選」「日本の白砂青松百選」「日本の名松百選」に選ばれた美しい海岸地域です。
その昔、熊野詣をする人々にとっては、「浜街道」として、西国三十三所を目指す巡礼者が多く歩いたことから「巡礼道」とも呼ばれ、信仰の道としての役割を果たしていました。
海岸には、熊野川を経て辿り着いた様々な種類の石を見ることができます。また、春から夏にかけてアカウミガメが上陸する地としても知られています。
吉野熊野国立公園 楯ヶ崎(たてがさき)
熊野市駅から車で約30分。
駐車可能台数:5台
お手洗い:近隣休憩所にあり
海に突き立てられた巨大な楯のような、柱状節理が造り出す巨岩壁。無数の柱が連なったように見える「柱状節理」の岩壁は高さ約80m、周囲約550mで国内最大規模の迫力です。周囲一帯は吉野熊野国立公園の特別保護地区に指定されています。
国道311号沿いの駐車場から約2kmほど遊歩道を行くと「千畳敷」と呼ばれる岩盤の上に出ることができ、荒波が打ちつける断崖絶壁から眺める楯ヶ崎は迫力満点です。また、鋭く切り立った岩礁に熊野灘の荒波が砕け散る景勝地「海金剛」や、熊野の”青の洞窟”と呼ばれる「がまの口」をあわせて巡る観光遊覧船も運航しており、海から見上げる巨岩壁の造形美もまた圧巻です。
徐福の宮(じょふくのみや)
熊野市駅から車で約20分
駐車可能台数:3 台
お手洗い:なし
今から2200年以上前、秦の始皇帝が不老長寿の仙薬を熱望し、徐福にその入手を求めました。徐福は数十艘の船団を組み東方に向かって船出しましたが、途中台風に遭い徐福の船だけが、この地矢賀の里に流れ着いたと言われています。帰国を断念した徐福は永住を決意し、やがて窯を設け、焼物を教えたと言います。今も残る窯所、窯屋敷という地名はこのことを伝えています。この地、土木・農耕・捕鯨・医薬などの中国文明を広めたことから、当地では神として崇め手厚く祀ってきました。波田須の地名は、古く「泰住(はたす)」と記され、徐福の品が数々残っていることながら、徐福の渡来伝承が残る全国20カ所以上の中でも有力とされています。徐福の宮の境内には徐福の墓があり、宮の傍らには徐福が探していたとされる仙薬「天台烏薬」*1が茂っています。 *1所説有り。「明日葉」であったという説も有力です。
徐福の宮の参道修復中に数枚の古銭が発掘され、2002年に中国の学者が鑑定したところ、中国秦の時代の古貨幣「半両銭」と判りました。「半両銭」の出土は国内でも珍しく貴重なものです。
丸山千枚田(まるやませんまいだ)
熊野市駅から車で約30分
駐車可能台数:5 台
お手洗い:あり
日本の棚田百選に選ばれた「丸山千枚田」は、1,340枚の規模を誇る日本有数の棚田であり、その棚田景観は日本一とも称されています。約400年前には2,240枚の田畑があったという記録が残されていますが、平成初期には後継者不足により530枚にまで減少していました。平成6年に「丸山千枚田条例」の制定、そして地元住民らの協力により復田作業が行われ、現在は1,340枚の規模が維持保存されています。
復田された田を利用して、丸山千枚田オーナー制度が実施されており、毎年100組を超えるオーナーが登録しています。年間を通して稲作体験が行われ、都市住民との交流と棚田保全活動が行われます。
【棚田オーナー制度】・・会費:年間30,000円(1年更新)
丸山千枚田公式ホームページ
(一財)熊野市ふるさと振興公社
吉野熊野国立公園
瀞峡・瀞八丁(どろきょう・どろはっちょう)
熊野市駅から車で約30分
駐車可能台数:30~40台
お手洗い:なし
国の特別名勝及び天然記念物「瀞峡」は、三重県・和歌山県・奈良県が隣接する熊野川町支流の北山川にあり、岩壁が川面からそそり立つ大規模な峡谷です。吉野熊野国立公園に指定されています。下流から「下瀞」「上瀞」「奥瀞」に分かれ、特に下瀞は「瀞八丁」と呼ばれています。瀞峡を観光できるウォータージェット船は、紀和町小川口から乗船でき、上瀞までの断崖絶壁や奇岩・滝など、紀伊半島随一の渓谷美を楽しめます。5月にはサツキが咲き乱れ、秋には紅葉が楽しめるなど、四季折々の豊かな景観を楽しむことができます。
瀞峡観光ウォータージェット船 ※運休中
「小川口」乗り場から往復2,200円(小人半額) 所要時間1時間
※途中乗車になるためご予約が必要です。
赤木城跡(あかぎじょうあと)
熊野市駅から車で約40分
駐車可能台数:11~15 台
お手洗い:あり
赤木城は天正16~17年(1588年~)頃に北山一揆を取り締まるために、豊臣秀長の家臣であった藤堂高虎が築城したものです。赤木城跡は天正期の遺構を極めて良好な姿で残しており、近世城郭の原型を示しています。
藤堂高虎は、豊臣・徳川両政権における重鎮で、築城の名手とうたわれており、赤木城跡はその実績を示しています。石垣は、野面乱層積み(のづららんそうづみ)で反(そり)がなく、主郭(しゅかく)の四隅は算木積み(さんぎづみ)と横矢掛り(よこやがかり)の工法を用いています。築城当時の原形を残した城跡は全国でも少なく大変貴重とされています。
平成4年から13年間の歳月をかけて文化庁や三重県の補助により「赤木城跡保存整備事業」として、調査や保存整備が行われ、平成16年に完了しました。
発掘調査では、天目茶碗や土師器(はじき)の鍋、砥石、釘などが出土しています。
現在は地域の人々に愛される歴史公園として活用されています。
赤木城跡の「主郭」(頂上)には、桜の木が植えられており、季節にはお花見の絶好スポットになります。
大丹倉(おおにぐら)
熊野市駅から車で約50分
駐車可能台数:10 台
お手洗い:なし
高さ300m、幅500mにも及ぶ大絶壁で、三重県指定文化財です。
「大丹倉」の“丹”は“赤”を意味しており、これは岩に含まれる鉄分が酸化して岩が赤みを帯びていることからです。大丹倉は昔から苦行を行う修験者たちの聖地であったと言われており、実際に訪れてみるとそのこともうなずける雰囲気があります。
下から見上げてそのスケールを体感することができますが、頂上へも林道が通じていることから比較的簡単に登ることができます。頂上から下を覗き込むとその高さに思わず身を引いてしまいます。
布引の滝(ぬのびきのたき)
熊野市駅から車で約60分
駐車可能台数:0 台
お手洗い:あり
日本の滝百選「布引の滝」は、長い年月をかけて熊野花崗岩の岩盤を削り取ってできたもので、滝は四段からなり、一段目は12m、二段目は3.5m、三段目は7.7m、そして四段目は29.1mの落差をもって滝壺にその流れを落としています。名称の由来は、その名が示すとおり水の流れが大巾の布地を垂らしたように音もなく、飛沫もたてずに流れ落ちる様からついたものです。
熊野市では、豊かな自然を保全するために、永久に伐採しない樹林を設置する「熊野市きらずの森条例」が制定しており、布引の滝付近一帯の森が「きらずの森」に指定され、豊かな自然がそのまま守り続けられています。秋には紅葉も見られ、より一層美しさが映えます。
周辺には、「八丁大滝」「隠れ滝」「松山滝」「荒滝」がありますので、滝めぐりを楽しむことができます。
新鹿海水浴場(あたしかかいすいよくじょう)
JR新鹿駅から徒歩で約10分
駐車可能台数:30~40台(夏期:有料)
お手洗い:あり
キメの細かい白い砂浜と蒼く透き通った遠浅の海は夏の熊野を代表する観光スポットで、海岸は吉野熊野国立公園に指定されています。
年間3万人の海水浴客が訪れ、シーズンは大変な賑わいをみせます。GWにはキャンプを楽しむ光景が見られ、近年ではシーカヤックなどのマリンスポーツを体験することができるなど、アウトドアライフを満喫することができます。
【問合せ先】新鹿観光協会 TEL:080-6920-1313
■駐車場は、100台程度まで駐車可能(※有料)
■JR新鹿駅から徒歩約5分
JR熊野市駅から車で国道42号を大泊方面へ→熊野尾鷲道路大泊ICから新鹿ICへ→新鹿ICから3分程度
大泊海水浴場(おおどまりかいすいよくじょう)
JR大泊駅から徒歩で約5分
お手洗い:あり
交通アクセスが良いことから、地域の子どもたちからも愛される海水浴場です。周辺には、世界遺産「鬼ヶ城」「熊野古道松本峠」があるなど、魅力あふれるスポットの一つです。
すぐそばの松崎港は、楯ヶ崎海上遊覧の発着場になっていますので、海水浴とあわせて楽しむことができます。
■駐車場:30台(有料)