コラム②「未来へつなぐクマノザクラ」

紀伊半島におけるサクラの分布

 最近の研究では、クマノザクラは標高200m800mの地域に多く見られ、標高1,000mを超える高いところでは見られないことがわかってきました。気候環境との関係も研究が進んでおり、気温と降水量の各月の平均値・最大値・最低値などを使って、気候の似ている場所を抜き出したものが下の図です。

クマノザクラ確認地

 やはり紀伊半島の南側が気候的に似ているエリアとなり、クマノザクラの産地(赤いポイント)が重なってきます。よく見ると、鈴鹿や三河や四国にも点々と似た気候環境があります。    

クマノザクラ産地を含むエリアの気候は、他のエリアと比べて、気温はさほど違わないのですが、夏場の降水量が非常に多いという特徴が見えてきました。和歌山の北部でもクマノザクラは見られそうなものですが、瀬戸内的な気候で乾燥しているため、こうした環境要因でクマノザクラが生えないのかもしれません。この辺りは今後の研究が待たれるところです。

クマノザクラの保全
 持続的な鑑賞、利用のためには、クマノザクラの野生集団自体を保全しなければいけません。今どういう状況なのかをご紹介しましょう。

この写真では、今はたくさんのクマノザクラが綺麗に見えています。しかし、10年後、20年後はどうなるでしょうか?周囲にはシイ類やカシ類などの常緑樹も多くあり、それらが大きく育ってくるとクマノザクラは枯れてしまうのではないかと予想されています。クマノザクラは染井吉野よりも小さく、それほど大きくなることができません。森林の中では12mくらい育てば上々で、周囲20mくらいの常緑樹があると、完全にその下に埋もれて枯れてしまうことになります。この写真は、おそらく今から5060年ほど前に伐採してできた森林で、伐採後に入り込んで育ったクマノザクラを今の私たちは見ていることになります。
 ただ、この景色を維持するためには人の手が必要なのです。クマノザクラの若い木は、藪のようなところや、森林を伐採した後の明るいところに生えてきます。昔は、紀伊半島で薪や炭を作るために林を伐採していました。現在、その多くが放置されており新しく伐採されることがほとんどありません。このまま放置を続けると、クマノザクラが新しく生える場所が無くなるということです。今ある大きな木もいずれは埋もれて枯れていってしまうことを考えると、利用目的や方法を含めて、森林の将来の姿をきちんと考えていかなければいけない時期に来ているのではないでしょうか。
 さらに問題となるのが、サクラの外来種問題です。オオシマザクラと染井吉野が問題になるのではないかと言われています。

熊野市の赤木城址には’ソメイヨシノ’

染井吉野とクマノザクラの「密」の問題点

 例えば、熊野市の赤木城址には染井吉野がたくさん植えられています。この近所はクマノザクラが多く自生しているエリアで、この写真も左下の藪にあるのはクマノザクラです。赤木城址のクマノザクラが咲いている側の染井吉野はよく実がつきます。そこで得られた種を育てると、染井吉野(母)とクマノザクラ(父)の雑種が育つわけです。

 雑種ができるだけならば、それほど問題ではありません。できた雑種が元のクマノザクラと交配をくりかえすことで、純粋なクマノザクラの集団が次第になくなってしまうことが問題です。一度そうなると、染井吉野の遺伝子だけを取り出すことができません。ハーフから始まり、クォーター、8分の1、16分の1など、染井吉野の遺伝子がまざった集団になっていきます。

繁殖干渉

 こうした現象は遺伝子汚染と言われ、野生集団に深刻な影響を及ぼします。染井吉野との交雑に関しては、ハーフの子どもが自然に生まれている段階までは確認できています。影響が今後どのようになるのか、注意して調べていく必要があります。また、染井吉以上に深刻な影響を与えているのが、オオシマザクラです。串本町の潮岬や大島などでは、オオシマザクラとの交雑が進み、純粋なクマノザクラがほぼ消失しているのではと思われます。
 遺伝子汚染の他にも懸念される外来種の影響があります。この写真のような環境ですと染井吉野の花粉がクマノザクラの花について授粉する機会が多くなります。すると、クマノザクラの花粉が授粉するチャンスが減ってしまい、純粋なクマノザクラの子どもたちがほとんどできなくなってしまいます。
染井吉野を街中で植える分には問題ないのですが、クマノザクラの野生個体がたくさんいるところに、大量の染井吉野を植えることは問題だということを知っていただきたいです。
また、植樹にあたって一番問題になるのがシカによる獣害で、枝葉が彼らの届くところにあれば確実に食べられてしまいます。

クマノザクラの自生地の現況

 新しく生えて育つことのできる場所が少なくなっていることや、外来種の問題など、現況を考えると、将来、自然林の中でクマノザクラを見ることができるか、危うい状況にあると言えます。人の手をかけて保全と積極的な利用をしていく必要があります。

熊野から始まる春

日本クマノザクラの会の設立
 こうした保全活動をさらに進めるために日本クマノザクラの会が設立されました。まずは正確な情報を皆さんに届けるためにリーフレットを作り、HPなどでも各種情報を発信していかれるそうです。地元の各種観光拠点でもリーフレットを配布しており、熊野市観光協会でも設置しています。地元でクマノザクラに関心をよせる人たちのネットワークをつくり、活用や保全などの活動を進めていくことが、会の目的だそうです。地域外の方でも、もしご興味ある方がいらっしゃれば、ぜひ入っていただきたいと思います。
 こうした活動をする中でモデルとなるのは、やはり吉野山で、千年以上続いているサクラの名所です。吉野山では観光という活用と植樹という保全のふたつ活動が、車の両輪のようにうまく機能しています。それに続くように、熊野もうまくやっていけたらいいなということで、「熊野から始まる春」をキーワードに、クマノザクラと人の良い関係を築いていけたらと願っています。

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